スミレのこおり

恋と音楽とアカデミックな記録。

8.2016 読書

過去のブログで書いた読書の記録。

 

森博嗣『つぼねのカトリーヌ』

森博嗣による2pのエッセイが100編。とくに気になったものをいくつか。大学院入試直前だったので、関心はふだん以上に偏っている。

なにかを作るときは完成だけでなく、完成後の耐久も考慮すること。
よい仕事はつねに余裕を持って終わらし、落ち着いて静かに仕上げをすること。そして作業のなかに自分の創りだす美を見つけること。
なにか目標を達成しようとするときは、自分の能力を理解し、目標達成へのプランを作って実行すること。(わたしは自分の能力を正確に見極めることができれば、これまでの試験がもっと上手くいっただろう。)

そして、負けてしまえば努力は自己満足であり、人から評価されない。
人からの評価なんて大した価値がないことがわかれば、努力は楽しいものになる。
「単なる自己満足」と考えるか、「単なる他者評価」と考えるかだ。


○リチャード・P・ファインマン『困ります、ファインマンさん』

理論物理学ファインマンによるエッセイ。若くして亡くなった妻についてのエッセイ、癌に苛まれた晩年のエッセイが中心で生死観などがみえる。「ファインマン氏、ワシントンに行く」では、ロケット制作の知識や組織構成の片鱗だけでなく、当時のNASAの杜撰さ、ロジャース氏との対立からいわゆる文系脳、理系脳の違いが読みとれて面白い。


○ロゲルギスト『物理の散歩道』

物理学者7人で構成されたグループによるエッセイ。電車などでさらっと読むべきか、ペンを片手に読むべきか、悩んだあげく数式等は吟味しないまま一応読了へと分類。
したがってまだ物理的に理解していないエッセイも多いけれど、実験物理屋の考え方が伝わってきて面白い。そして、呉智英の解説がすごく素敵だ。わからないものを分かるようにすることが学びの喜びであって、分からないものを高尚だと崇拝することは腐敗した精神である、と言いきっている。そのように崇められた本や思想に騙されないように生きたい。


フランソワーズ・サガン『悲しみよ、こんにちは』

父と愛人ともう一人、父に恋する女性とのバカンス。恋に破れた女は自殺。プロットだとありきたりな恋愛小説だけど、情景描写、人物の価値観、その描写がどれも美しい。ひたすらに美を追究する姿勢、洗練、繊細さ、などが私の好きな美しさを創っているのだろう。ヴィアンの『うたかたの日々』でも同じ美しさを感じたので、20世紀初頭のフランスの風潮なのだろうか。「サガンを読むのは女子供、文学青年はヴィアン等を読む」という傾向がかつてあったらしいが、いまの時代から見るとこの分類は共感できない。


津村記久子『とにかくうちに帰ります』
事務職の女性とその周りの社員にまつわる短編が5編、いろんな人が豪雨のなかとにかく家に帰る話が一編。日常のなかの些細な不愉快と、それに対する救済。まったく関連はないけれど、私はエミリー・ディキンソンの詩を思いだす。非日常的な事件が起こらなくても、歴史的偉業をなしとげなくても、人生で一度でも誰かを救うことがあったなら人生に意味はある。そんな気持ちを強くさせてくれる。


○宮下規久郎『モチーフで読む美術史』
各モチーフについて解説2p、写真2pで解説。

「白蝶となりて祖国に放たれり」

絵画について語る新書なのに言葉が刺さる。バレエや宗教画のアトリビュートに興味があったので、勧められて手に取ったら予想以上に好みだった。それだけでなく西洋からアジアまで、壁画から戦後美術までという知識の広さに尊敬を覚える。目的であったアトリビュートについても、地域や時代による違いまで言及されている。

印象に残った作品についてのメモ。
北脇昇《クオ ヴァディス》
時代背景を知った途端、『我が叙情詩』が浮かんだ。

ロダン地獄の門
上野に観に行かなければ。『神曲 地獄篇』読まなければ。